精油とくらし
香りのもたらす働きと機能性
2. 香りとは?

私たちが感じている
香りとは?

私たちが感じている「香り」は目に見えないものであり、形も色もありません。
それは芳香分子として嗅覚から取り込まれ、匂いとして感覚に刺激を与えています。

匂いの評価は人によって幅があり、同じ匂いでも「好き・心地よいもの」と感じたり、真逆に「嫌い・不快なもの」に感じたりすることもあります。皆さんも経験の中に、他の人が良い香り・好きな香りだと言っているものに対して、自分ではあまりそのように感じないなぁと思ったことはありませんか?そういった時は、自分の感覚とは別に、「いい香りだね」と返事をしてしまいがちです。

普段私たちが活用している「香り」に関しては、「良い香り」「嫌な香り」として定義される場合の指標として、3分の2もしくは7割の評価がどちらかの指標を示すことが1つの基準となっています。しかし、これもあくまで割合であり、本来の感覚値とどのように繋がって本当の評価になっているかは未知的です。

私たちは普段から何気なく「視覚・聴覚・味覚・触覚・嗅覚」の五感を活用して生活していますが、8割以上の情報は視覚から得ていることがわかっています。その中でも嗅覚は、生まれてからすぐ活用される原始的な感覚として大変重要な役割をしてきているのにもかかわらず、この原始的な感覚であるという理由で研究対象から外されてきました。目に見える分子や感覚として可視化することが難しいということ、さらに香りを感じる仕組みが複雑であるという理由で、その役割の解明が大幅に遅れてきた感覚です。

この、目には見えない、可視化できない匂いを感知し、その感知した香りが何であるか?を知ることを「嗅覚力」といいます。しかし香りに対しては個人差や環境要因が大きく、「絶対的な指標や基準」が存在しません。こういったことから、実はどんな科学的な作業であっても、香りに関わる部分は必ず最後に「人間の嗅覚」で調整や確認を行なっているのです。

香りは、私たちが嗅覚で感じる「感覚」とされています。
香り(芳香分子)は嗅覚を刺激し、心理・生理にまで影響を及ぼす化学物質で、その香り素材の由来や抽出、加工方法によって、大きく分けて「天然(自然)香料」と「合成香料」に分けることができます。私たちは日常生活の中で、この2種をそれぞれに使い分けるような形で、様々な商品を手にとって活用したり、食したりしています。
香り?と聞くとフレグランスや芳香剤を想像する人が多いと思いますが、香料は飲み物や食べ物にもたくさん添加されているのが、私たちの今の日常です。

天然(自然)香料は、植物性香料と動物性香料(動物の生殖器などから得る香料)から得られ、複雑に様々な成分が、自然の力によって組み合わさって構成されています。この100%の完全な全成分は、完全には今の科学でも解明できていないため、新しい成分や創薬の研究の素材として、日々その研究と解明に力が注がれています。そしてアロマセラピーの精油として使用する天然香料は、植物のみの原料から抽出されたものを示します。
それに対して、合成香料は単離香料(植物や天然精油などを化学分解し、必要とする単一成分を分離して得る)など、自然から抽出されたものを活用して、人工的に人間が主に石油から作り出す香料です。さらに合成の他に半合成香料など、合成香料の活用分野は幅広く、天然(自然)香料に比べると、雑貨、食品、飲料、菓子などの商品開発の上でも主流であり、私たちの生活からは切ってもきれないほどに当たり前にある存在となっています。

今皆さんの目の前にあるお菓子や飲み物の裏の表示を見てみてください。
「香料」と書いてありませんか?
それが全て上記のいずれかに該当しているのです。
そしてそれが価格にも反映され、香りの感じ方や印象を作り上げています。

決して誤解してはいけないのが、天然(自然)香料と、合成香料及び半合成香料のどちらが上だとか、良い悪いといった競争ではありません。どうしても一般的には優劣をつけたくなる風潮があり、どちらが良いのか悪いのか?という理由づけをしようとします。
しかし、香りの活用は優劣ではなく、その活用用途が最も大切なポイントです。
それぞれにメリットとデメリットが存在し、香りを届ける人にどのような目的で活用して欲しいかが重要です。

これはオーガニックとオーガニックではないものと言ったような議論でも同じようなことが生じています。実際には、オーガニックとそうではないもの、そしてオーガニックの中でも様々な認証制度やロゴマークがあり、一般的にとてもわかりづらくなっていますよね。
これもまた、優劣や良し悪しではなく、その活用用途や目的によってそれぞれにオーガニック認証の違いがあります。決して売るための表面的なマークではありません。 日本において、「なんのためにオーガニックを活用するのか?」という大切なポイントが抜けて、良し悪しを唱える評価や議論を目にするたびに、その論点に対して残念な思いを感じています。

私たちが主に天然(自然)香料として植物から抽出された精油の香りを活用し、調合(ブレンド)したり、商品の処方としてブレンドするのは、香りによって人の心と身体のバランスが整うための繋がりを創造するためです。そして、それが合成香料でも同じように実現できるか?と言われると、それは叶いません。なぜかというと、人間にとって感覚値として同じ「香り」ではないからです。もしこれが同じ「香り」であれば、もともと天然(自然)香料と合成香料といった区分も必要ないのかもしれませんが、明らかに感じた時の違いがあります。 もしかすると、天然(自然)香料と合成香料の香りにあまり差がないと感じる場合は、中身のどちらかが違ったものである可能性があります。間違ってはいけないのは、あくまで何に対して香りを活用するのか?の用途や方法によって、それぞれのメリットとデメリットが存在するため、一言でこれが「良い」「悪い」といった判断だけでは語ることができません。

オーガニック農家が
天然(自然)香料と
どういった関係性があるか

ここで天然(自然)香料に関して少し触れていきたいと思います。
私は日本で「オーガニック」という言葉が一般的に流行る前の2000年から、オーガニック認証の天然(自然)香料である精油を日本に輸入し、それぞれの農家の皆さんの思いや、収穫や管理のためにどのような努力をされているか、また何よりもそれぞれの植物の姿を実際に見たい一心で、世界中の精油の抽出農家に足を運び、関係性を構築してきました。
私が英国でアロマセラピーを学んでいるときに、最終年に南フランスの抽出農家での体験学習があり、そのときに初めて私たちが使用する精油は「生きているもの」であることを実感しました。自然が作りあげた自然物であり、そしてその香りは自然の力と農家の人々の想いが重なってできる魔法の香りだと思いました。

それから各国の農家や農場、抽出現場に足を運ぶことで、特にオーガニック栽培の環境で生育する植物に対して、この目の前にある植物の生育や精油の香りの違いを、私自身は一体どのように伝え、そして化学的な理解と共に研究していくべきか?など、いろいろな角度で考え始めました。また同時に、専門のアロマセラピストとして現場の農家に足を運んで撮りためた写真や動画を伝えることで、アロマセラピーの教育の中に実際の現場やリアルな精油の実情を届けていく必要があると感じました。実際に農家の方の思いに触れ、天然(自然)香料だからこそ持っているその歴史や背景、そしてストーリーが、人間の感覚値に触れ、揺さぶるような体感に繋がっていると考えてきました。そしてそこには必ず感覚に触れる、届く香りがあります。

オーガニック認証制度は、各国において第3者機関が設けられています。また各国が独自に動いているという関係性だけではなく、それぞれの国の機関が相互に連携し合いながら活動しています。農家である生産者、買付などを行う事業者、そして製造などを行う製造者のそれぞれに規定があるため、原料や商品にオーガニック認証マークをつける場合には、全ての工程において規定のオーガニック認証取得と査察が必要となっています。

天然香料である・合成香料であることの
メリットとデメリット

私たちは天然(自然)という言葉にとても良いイメージを持っていますが、それだけではなかなか商品として活用するまでにならないのが現実です。
現実的には、天然(自然)ということは、日持ちがしない、腐るといったことも生じさせてしまいます。だからといって全てが合成物で良いか?というとそうでもありません。
さまざまな角度で考えると、天然(自然)と合成という意味やそのメリットとデメリットはいろいろな理解が大切であり、それによってより良い活用ができそうですね。

天然(自然)香料は、農作物としての植物が原料であるため、環境や天候にとても左右されやすい状態にあります。また1年中いつでも採れるものではないため、季節的に限られた抽出量の中で次の収穫までの流通量が決まります。さらに毎年の植物の収穫によって収穫量や香りの変化が生じる可能性があり、毎回同じ香り成分としての「再現性(全く同じものを作る)」が実現できないことが、大きなデメリット要因となっています。また、収穫高によって価格の変動も予測でき、常に一定の価格での供給が困難です。工業製品として多くの数が製造され商品化される場合には、毎回同じ香りで同じ価格であることが前提となるため、天然香料で生じる可能性がそのままリスクとなることから、天然香料を使って商品を作ることは難しいとされています。しかし、天然香料を活用するこのデメリットを、あらかじめメリットとして捉えた商品化が可能であれば、その可能性と捉え方は真逆に転換します。このようなデメリットやリスクを考えると、天然香料と比較して、合成香料は石油から合成できるので一定の供給量を担保でき、さらに「再現性(全く同じものを作る)」が実現できるため、リスク及び価格面において選定され、有効活用されてきました。

しかし、近年嗅覚の研究から解明されはじめてきた天然香料と合成香料を嗅覚で捉えた場合の違いの可能性や感覚の変化、さらにSDGsの考え方や環境への配慮の意識の向上、天然(自然)香料への関心の高まりや、人間が感じたときの「感覚的」な香りの違い、また合成香料と天然香料との比較の研究など、より感覚や感情を伴う私たちの「人間らしさ」が軸となり、それぞれが尊重される香りの活用の選択が増えています。こういった変化は、社会的背景を含めた心と身体の自然回帰を含め、私たちが生活する中で生じる不調和と共に心と身体に結びついた香りを求める結果として、より天然(自然)香料の活用範囲や活用の可能性に広がりが生じてきていると言えるでしょう。以前に比べ、私たちはより自分の感覚を尊重し、他人と違うことを「良し」と認めることができる社会性が強くなってきているようにも思えます。
合成香料を活用する香りの調合には、より安定的な供給、そして再現性とテーマを持った香りの創造性が必要とされていますが、天然(自然)香料を活用する香りの調合は、再現性やテーマよりも、まずは活用する「人」を想像してその背景を理解することが求められてきています。まず前提には、人間が感じる感覚の中での心や身体の変化や状態を、どのように予測しながら時間や体調などの使用場面を想像し、反映するかという課題が生じてきます。いずれにしても、「香りを創る」「香りを調合する」といった過程には、様々な要素が組み合わさってこそ、本来の香りの素晴らしさが発揮できると言えるのではないかと思います。

私たちは、天然(自然)香料として精油を選定し、調合したり活用したりする際には、心身への香りの働きが期待できると考えています。そして、より人間の心と身体に結びついた専門性のある学び、そしてエビデンスや研究に沿った修練が、香りの調合要素と紐づいてくると言えるでしょう。実際にアロマセラピーとしての学びも、学問的に1990年代から今日まで変化しながら嗅覚や脳科学の研究などに沿って、違った視点や角度における新しい芳香療法の捉え方として進んできていると確信しています。

「香り」の1つずつの扉が開き、様々な視点で学びと理解が進んでいくことによって、本来予防や改善として私たちの心と身体をケアし、守る役割を持った天然(自然)香料の活用が、これまでの合成香料の活用意義とはまた違った分野において「香り」の有効性を説き、私たちが少しでも、日常的に活用する商品や食品における天然(自然)香料と合成香料を、それぞれの優劣や良し悪しではなく、メリットとデメリットを理解して使い分けていくことで、選択して存在するという時代に入ってきていると思います。

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